
名古屋市南区・熱田区・港区には、かつて「南方貨物線」として使われる予定だった高架橋が残っています。この路線は、戦前から計画され、戦後の貨物輸送の混雑を解消するために建設が進められました。
1967年には本格的な工事が始まりました。しかし、沿線住民が新幹線による騒音や振動を理由に反対したことに加え、1970年代にはトラック輸送の発展によって鉄道貨物輸送の需要が減少しました。
さらに1983年には稲沢操車場の廃止も決まり、南方貨物線の必要性が低下しました。その後、旅客路線としての活用も検討されましたが、最終的に計画は中止されました。
完成間近まで造られた高架橋は撤去にも多額の費用がかかるため、現在も一部が残されています。高架橋には太陽光パネルが設置されたり、高架下が駐車場や事務所、倉庫として利用されたりしています。
南方貨物線は、一度も列車が走ることなく終わった「幻の鉄道路線」として、現在もその痕跡を残しています。





