
大阪市平野区から八尾市にかけて、かつて関西本線の八尾駅と阪和線の杉本町駅を結んでいた「阪和貨物線」の廃線跡が、現在も一部残っています。阪和貨物線は1942年に物資輸送用の路線として始まり、1952年に全線が開通しました。
貨物列車や臨時旅客列車が大阪中心部を通らずに南北を結ぶバイパスとして利用されましたが、トラック輸送の普及や天王寺駅の改良などにより役割が低下しました。1986年に定期貨物列車が廃止された後も、線路の錆を防ぐために「錆び取り列車」と呼ばれる回送列車が走っていました。
しかし、2004年に完全休止となり、2009年に正式に廃止されました。廃止後も廃線跡が長く残っているのは、撤去や土地の再開発に多額の費用がかかることに加え、大和川沿いの区間では堤防の拡張など河川改修事業が進められているためです。
そのため、JR西日本が所有する土地をすぐに売却・開発することが難しく、長期間手つかずの状態が続いています。一方で、道路や公園として整備された場所や、老朽化した鉄橋・レールの撤去、フェンスの設置なども進んでいます。
そのため、阪和貨物線の廃線跡は今後も少しずつ姿を変えていくと考えられます。


